インスピレーション

 

ユリの歴史

第3回 ユリの象徴的表現 フランス王ルイ15世の衣装に見るユリの文様
(王家のファッションに取り入れられたユリ文様のおはなし)

ヨーロッパでは歴史を通して、ユリには特別なシンボルとしての意味が与えられてきました。中世、この花は純粋さや豊穣を表わすだけでなく、「聖母マリア」、「フランス王国」そして「死」を表わしてきました。

TEXT Bas Jongenelen

フランス王 ルイ15世の肖像。

フランス、ベルサイユ宮殿のタペスリーから

ユリの象徴的な価値の起源は、中世よりはるか以前にさかのぼります。それは、キリストが生まれるもっと前のこと。古代ギリシャ人やローマ人は、ユリに特別な意味を持たせました。結婚式に、ユリをつかった花冠を花嫁の頭に飾ったのです。それは花嫁の家族や友人による純粋で豊かな結婚を願う祝福の意を表わしていました。ユリの冠は夫への忠誠をも表わしていて、生まれる子どもの父親は新郎以外にはありえませんという誓いのしるしでした。花嫁はユリのように美しく、優しく、繊細であるとされ、彼女が他の男性に関心を持つことなどありえないということを表わしました。

紀元500年ごろ、ローマ帝国が滅亡し時代が中世へと移り変わっても、ユリはこのような意味や価値を表わすシンボルでありつづけました。当時、ビーナス、ジュピター、アポロなどのローマの神々の時代は終わり、キリスト教が優勢になっていきます。これにより、宗教的に異なる象徴がいろいろと出てくることになったでしょうか。いいえ。実際は、まったくそのようにはなりませんでした。

キリスト教は、ユリも含めて多くの異教の象徴を引き継ぎました。むしろそれらを利用し、キリスト教による解釈で取り込んでいったのです。こうして、ユリは単に純粋さと豊穣の象徴というだけでなく、「聖母マリア」と「死」の象徴になっていきます。

キリスト教では、生命の始まりは旧約聖書「創世記」の天地創造のときと教えます。神さまは、天と大地、その上のすべてのものを6日かけてつくりました。神さまのつくったものすべてに偶然はなく、その意思のまま、指示通りの場所に置かれました。ただ、人間にとって不幸なことは、神の意思が、ときにははっきりと理解できなかったため、人は現実について自ら考え、読み取る必要があったということです。自然は何かを指し示す象徴であり、自然自体が神の意思の象徴でした。こうして視覚芸術や建築は象徴を反映し、神の意思が存在することや贖罪のメッセージへと人を向かわせました。こうした考え方がユリにもあてはまるのです。

視覚芸術において、ユリはほとんどの場合、マリアと聖霊との霊的結合である受胎告知の描写に使われました。マリアのように純粋な白いユリは、これが地上の結びつきではないということを示しています。

豊穣の象徴としての価値はそれほど大きなものではありません。なぜならマリアの結婚の意味は子どもの数では表せないからです。彼女はただ一人の子、イエスを生みますが、その子は死の運命とともにありました。神は人の姿になり、キリストとして十字架の上で死を迎えます。この物語はすべてただ一つの象徴によって表わされてきました。その象徴こそが白ユリなのです。

ユリは受胎告知の描写にのみ見られるのではありません。天国の女王としてマリアが描かれた有名な絵画をご紹介します。これは、1432年にフーベルトとヤンの、ファン・エイク兄弟によって描かれたもので「ゲントの祭壇画」、あるいは「神秘の子羊の礼拝」と呼ばれています。このすばらしい三連祭壇画は、ゲントの聖バーヴォ教会に掛けられ、見る人の目を楽しませています。花の壮観さはとてもすばらしいものがあります。マリアは神さまの隣にいて聖書を読んでおり、頭にはユリの冠を載せています。

ユリはまた、命のもう一つの重要な象徴となっています。それは、「死」です。キリストの物語は有名で、神さまは人として地上に降り、人間を救うために自分を犠牲にします。キリストは人間の罪を償うため世界中の罪をすべて引き受けました。これは、神の意思です。神は人間を深く愛し、人間を救うために全てを与えました。ゆえに、神の純粋な愛について、ここに別な見方ができます。神の愛というものは無条件に与えられ、かつ、死で終わることはないということです。

ここから私たちが分かるのは、ユリは無条件の愛を表わすと同時に死も意味するということです。受胎告知に始まり、キリストの磔(はりつけ)で終わる物語のすべてはただ一つの花にその意味が込められていくのです。

ここまで見てきたように、象徴は2つの方向に作用すると言えます。ひとつは、イエスとマリアの物語が死しても残る純粋な愛を表わすように、ユリは純粋さと死の両方を表わします。だからこそ、ユリは絵に描かれるのです。一方で、象徴はまた別の意味も表わします。それは、人がユリを見るとき、マリアの純粋さと救世主の人類への無条件の愛を思うということ。見ることでユリにはまた新たに深い意味がつけ加えられます。それは、普通の人もまたマリアのように純粋であるよう努めなさいという教えです。私たちはマリアやイエスの絵を見るとユリが思い浮かびます。逆にユリを見ると、マリアやイエス、純潔、純粋、美徳を思う。イエスの死の意味についても考える。こうして神さまは人にものを深く考えさせるのです。神は自然を通して真実を啓示します。

『フランス国王は、ユリを自らのシンボルに選ぶことによって、自分が最も敬虔なキリスト教徒の王であるということを示したかったのです。』

ほとんどの人にとって中世とは、馬に乗った騎士が槍や盾で武装し、一騎討ちの戦いをするようすを思い浮かべるのではないでしょうか。ところが、このように武装すると周りの人には騎士が誰だか分かりにくくなります。そのため盾には騎士のシンボルである紋章を描くようになります。12世紀のフランス王家は、ユリを正式なシンボルとしました。そのときから盾や紋章旗に描かれるフランス王の紋章には「フルール・ド・リス」(ユリ紋章)が取り入れられるようになります。

「フルール・ド・リス」の意匠

過去の様々な時代に、芸術と産業の分野で世界中で用いられたデザイン集
(ドラ―トルによるデッサン、パリ、 1857年)

フランス国王は、ユリを自らのシンボルに選ぶことによって、自分が最も敬虔なキリスト教徒の王であるということを示したかったのです。ユリによって、自分が最も純粋で無条件の愛を持つものであると示す。このことによって王は、自分の家臣と敵の両方から敬意を得るようになりました。このときからユリは、多くの王家やフローレンス、パルマなどの地域で流行します。このごろは錬鉄製ガーデンフェンスの装飾として人気のユリ紋章ですが、庭の持ち主のほとんどは、この花が中世にどんな象徴的な価値を持っていたのかは知らないのではないでしょうか。

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