インスピレーション

 

ユリの歴史

第1回 エジプト編

すべて家族の物語

古代エジプトでは、ユリは豊穣の象徴である母なる女神イシスにささげられました。
農耕の創始者として尊敬されるイシスは、偉大な癒し手ともされています。
しかし、彼女の人生は決して安楽なものではありませんでした。

文: JAAP REINDERS

古代エジプトには、数多くの様々な創生の話が伝わっています。
中でも最も影響のあるものは、ヘリオポリスの神話です。
ヘリオポリスとは太陽信仰の中心地となった都市の名前です。
このヘリオポリス創世神話にまつわるお話は、いわゆる「エジプト九柱神―エアネド(※ギリシャ語の9を表わす言葉が語源)」すなわち9人の神々を中心に語られます。
九柱神エアネドの創造者は太陽神であるラー=アトゥムで、他の8人の神は彼の子孫です。
ヘリオポリス創世記によると、果てしない水の集まりとして描かれたカオスから世界が生まれたとされています。
このヌンとよばれる海から、アトゥム自身が創りだした原初の丘が現れました。
太陽神はそれから2人の神を創りだします。大気の神シューと湿気の女神テフヌトです。
アトゥムが女性のパートナーなしにどのようにそれを成し遂げたのかについてはよくわかっていませんが、多くの解釈がなされています。
その一つに、それぞれの神は、太陽神が「くしゃみ」をしたために、その彼の「つば」からできたというお話があります。
さて、こうして創りだされたこの2人の神は、さらに2人の神の子を次々と生みだします。
地の神ゲブと天の女神ヌトです。彼らもまた4人の子どもを生みました。
それがイシス、オシリス、セト、ネフティスです。
その後、この2人の兄弟と2人の姉妹は夫婦となります。
カオスの神セトと家の女神ネフティスが1組の夫婦となり、もう一組、王座の神イシスはオシリスの妻となります。

地下世界の神オシリスは、すぐに人望厚き成功した支配者となりました。
弟のセトはそれをねたみ、許せません。
オシリスはエジプトの最初のファラオ、神権を持つ王となります。
彼の統治は人々に繁栄と幸福をもたらしました。
オシリスは植物の世界の神でもあるので、農耕(イシスが創りだしたといわれる)と牧畜も繁栄させました。
セトはますますこれをねたみ、兄を殺して王座を手に入れようと狡猾な計画を思い立ちます。
セトは、ずるがしこい策略でオシリスの実際の体形のサイズを手に入れ、このサイズに合わせた美しい装飾の石棺を作りました。
石棺ができあがると、セトは72人の腹心たちを控えさせ、オシリスをメンフィスの祝宴に招待しました。
来客達に石棺を見せながら、セトは話し始めました。
「この棺にピッタリな人はまずおるまい。ここいる皆さんの中には誰もいないと言ってもいいだろう。」
聴衆からたくさんのヤジがとばされますが、それは彼の計画のうちでした。
セトは、みんなに向かって「この石棺にぴったりと当てはまる人がいれば、これをその方に差し上げることとしましょう。」と言いました。
一人ずつ彼らは棺桶に入り、だれもがわずかながらしっくりはまるということはありませんでした。
しかし、ついに最後、オシリスの番になると、石棺はオシリスのために作ったように完璧に体に合いました。
と、その時、セトの手下の数人が突然現れ、オシリスが入ったままの石棺をばたんと閉めてしまいました。
そこにいた人は誰もファラオを助けようとはしませんでした。
セトは石棺に鉛で重りをつけ、ナイル川に投げ込みました。オシリスは水の中に葬られてしまいました。

石棺は川に運ばれ海へ達し、現在のレバノン、ビブロスの岸のとある灌木の下に流れつきました。
この灌木は、すぐにとても大きく美しく成長したので、ビブロスの王はそれを切るように命じました。
王はその木を王宮の柱にしようと思ったのです。
木こりが木を切ると、あたりに高貴な香りが充満しました。
夫がおぼれ死んで深く悲しんでいたイシスは、そのすばらしい洗練された芳香のことを聞きおよんで、直ちにそれが神のものであると確信しました。
すぐに彼女はビブロスへ、その灌木を探しに出発しました。
そして残された木の根元に、オシリスの遺体が入った石棺を発見したのです。
彼女は遺体をエジプトに連れて帰り、沼地に隠しました。
しかしある晩、猟に出かけたセトは憎んでいた兄の遺体に出くわしてしまいます。
彼は怒り狂い、オシリスの遺体を14の断片に切り刻み、エジプトの各地に捨てさせました。
セトの妻ネフティスは、イシスの妹でもあり、オシリスが殺害された後、セトのもとから去っておりました。
イシスは、ネフティスの助けを借りて、ばらまかれたオシリスの体を拾い集めましたが、ペニスだけはナイルの蟹に食べられてしまっていました。
イシスは大切に残りのかけらをつなぎ合わせ、ファルコン(ハヤブサ)の羽と彼女の魔法の力を使ってオシリスに新しい命を吹き込みました。
彼女はさらに、彼がもう一度死ぬ前に子どもを授かることにまで成功します。
ミイラの神アヌビスの力を借りて、彼女はできるだけ彼の体を保存しようと布でくるみました。
このようにしてイシスたちは、まさに最初のミイラを作ったのです。
アヌビスはありとあらゆる種類の葬儀の儀式を行ったので、オシリスは死後の世界への道を作ることができました。
その場所で彼は地下世界の王となりました。

イシスはついに男の子を生み、ホルスと名付けました。ホルスは、ファルコン(ハヤブサ)の頭を持つ神です。
イシスはセトがまた彼を排除しようとするのを恐れ、隠れてホルスを育てました。つまり、ホルスは正式な王の後継者なのでした。
オシリスは、ときどき地下の世界から出てきて息子に戦い方を教え、叔父のセトを打ち破らなくてはならない時に備えました。
ついに、その日はやってきました。それは戦いの後ではなく、80年も続いた審問によるものでした。
結局、息子の優位な判決をもたらしたのはオシリスでした。
人間も神もだれもが最後には、死の時に地下世界の裁判で裁かれなければならないと、オシリスは警告しました。
裁判所はホルスを新しい王に指名しました。
しかしながら、ホルスとセトの争いは終わりませんでした。
女神であるイシスは、自分の夫や息子に対する罪にも関わらず、彼女の弟を救済しようとします。
そのようすを見たホルスはかっとなり、彼女の首を切り落としてしまったのです。
神話によると、月の神トト(文字を発明したとされる)が、切り落とされたイシスの頭を牛の頭と置き換えたとされています。
牛は愛の象徴なのです。

イシスの肖像は、さまざまな信仰や、ギリシァ、ローマ人の間に生き続けています。
ジュリアス・シーザーの時代には、イシスの信仰はとても盛んで、ローマ帝国全体に広まっていました。
ポンペイでは発掘されたイシスの寺を見ることができます。
多くの学者はイシスがキリスト教の聖母マリア崇拝の発展に重要な役割を果たしたと考えています。
胸にホルスを抱いたイシスの描写は、後にマリアが幼いイエスを胸に抱いた聖母のイメージと確かにとてもよく似ています。
ユリの花も、イシスの場合には、たびたびハスやスイレンに置き換えられますが、純粋の象徴としてけがれのない姿を保っています。
今も、その雪のように白い花、リリウム・カンディダムlilium candidumは、マドンナリリーとして知られています。

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